非現実の王国の彼岸にて

FRAG十二

 今、僕はとてつもなく追い込まれている。何といっても締め切りは明日なのだ。とても重要な、新入生を創作沼に落とすための小説、それを一文字も書けてない。
 よって、こういう卑怯な一手で強引に筆を進ませている。いわゆる自分語りというもの。
 はたしてエッセイというジャンルに入るのだろうか……今調べた。『自由な形式で、気軽に自分の意見などを述べた散文。随筆。随想。』うん、この定義なら多分、合致するだろう。
 でも一応、予防線を張っておきたい。僕はこれをエッセイだと思って書いてはいない。
 エッセイを本気で書いている人が、『卑怯な一手』なんて文言を見たら、真っ赤なハリセンボンになりそうだしね。清少納言なんかに呪い殺されるかもしれない。
 エッセイ云々は本題じゃないし、とりあえず脇道に置いておこう。本題はズバリ、なんでこんなものを書こうと思ったか、ということだ。
 え、最初に書いてあるって? まあ、そういうことなんだけれど。
 重要なのはなんで書けなかったのか、という点なんだ。
 筆力を鍛えてないとか、ゲームしすぎとか、本音を言うとそこ辺りな気もする。実際、めちゃくちゃ耳が痛い。そんな基本的な所って必要条件だから。
 でも今回話したいのはそこじゃなくて、小説が書けなくなった理由だ。
 書こうとすると、なんかモヤモヤして、筆が止まる(キーボードだけど)。そんな状態がずっと続いてる。そう、創作活動をしてる人なら誰でも経験する、例のアレだ。
 確かに、誰にでもあるスランプといえばそうなんだけど、せっかく書いてるし、もう少し言語化したいと思う。
 そのための前提としてこれから二つ、話をしたい。話といっても、深夜テンションで講義みたいな難しい話を書く余裕はないし、それだけの知能もない。
 これから話すのは〈ホント〉と〈ウソ〉の話。どっちから読んでもらっても構わない。どっちも自分語りだから、読み飛ばしてもいい。結末は変わらず、『僕が小説を書けなかった』だから。

 

〈ホント〉
 だいたいこういうのでは体験談を書くね。だって経験してきたものっていうのはナマモノの〈ホント〉だからね。
 いろいろある記憶のどれがリアリティあるかな、なんて考えると、今実感してることのほうがいいかなって思った。新鮮なほど、ナマモノはおいしいからね。
 だから僕は、僕の病気、アトピーについての体験を話そうと思う。
 身の上の不幸なんて聞くのはウンザリだって?
 まあ、そこはそれ。せっかく読んでもらえてるし、少しだけ、つまらない不幸自慢に付き合ってあげてほしい。
 普通の高校生だった僕は(よくある小説の設定みたいだ)、中学校からの友達が全員、別の高校に進学して、友達が全滅していたんだ。
 それでもやっぱり何人かはポツポツと友達もできた。小説やアニメなら、ここから青春が始まるんだろうね。
 でも、そんなことにはならなかった。答えは簡単、理系と文系にクラスが分かたれた結果、僕の親しい人は終ぞいなくなったというだけ。
 この頃になると、クラスメイトはそれぞれ中のいい人と派閥を作って、青春を謳歌していた。その中でたった一人になってしまった、ということだ。
 無論、その派閥に取り入ることもできたのかもしれない。ここでさっき言ったアトピーの話が出てくる。
 アトピーで検索してもらったら、僕の知っていることより詳しい説明が乗っていると思う。画像検索は……やめといたほうがいいと思う。
 とにかく言いたいのは、かゆみは我慢できるような代物じゃないってことだ。我慢できるやつもいるかもしれないけど、それはそいつの症状が軽いか、メンタルが異常ってだけ。
 んで、それだけならいいんだけど、酷いときにかきむしると、皮膚の粉が辺りに散らばる。
 もう何が言いたいかわかるね。僕は都合のいい「憂さ晴らしの道具」になったんだ。
 でもテレビでやってるような「壮絶ないじめ」って、ワケでもなかった。
 ただ、たまに青春の狭間に思い返されては、「アイツキモチワルイ」ってされただけ。
 うん、たった、思い返せば、吹き飛ぶような言葉を言われただけ。もしかしたら言われてなくて、すべて僕の妄想だったのかもしれない。
 でもその視線は、確かにあった。
 僕は不登校になった。
 この後も苦労はあるんだけど、そこは割愛。もう一ページ近い不幸自慢にページを破り捨てたくなってる頃だろうし、話題にあまり関係なくなるからね。
 ここで覚えていてほしいのはアトピーの大変さ、っていうよりも、「青春の狭間」の文章かな。
 これで〈ホント〉の話はおしまい。

 

〈ウソ〉
「ひねくれものだって、よく言われない?」
 こういうの、後ろの選択肢から選ぶとよく目にするよね。実際に多数決を取ったらどっちが多いんだろう。
 そんなことはともかく、こっちでは書く予定だったものの話をしたいと思う。つまり、創作っていう〈ウソ〉の話。
 まず考えてたのは、「もし火山灰に世界が埋もれたら」みたいなSFチックな話。
そこの世界で命を助けようと奔走する女医を書こうとしたんだけど、上手く火山灰の影響と生活のバランスが取れなくなって、あえなく没。
 僕はSFっていうジャンルが小説の中で一番好きなんだけど、それを今まで書いてなかったんだ。だからどうしても諦めきれなかった。
 次に僕が書こうとしたのはギャグSF。
 主人公が美少女ばかりがいる世界にきたんだけど、本人も美少女になってて……っていう話。
 いわゆるハーレムものの逆張りみたいな感じで、ギャグを書きたかったんだけど、深夜テンションっていうのが長続きしないことを実感させられた。
 それで最後に書こうとしたのが、ディストピアで自我を溶かす少女の話。
 でも僕は、これを書いている時に、このディストピアが、街が、無意識に気持ち悪さを放っていることに気づいた。
 そこからスランプが始まった。
 抽象的な表現で本当に申し訳ない。自分でも意味が分からない表現だとは思うが、他の部員の方々に罪はないし、冊子を投げ飛ばすのは待ってほしい。
 ここで言いたいのは、小説を書いている時、この「違和感」に無意識だったということだ。
 これで〈ウソ〉の話はおしまい。

 よし、だいたい今までの経緯も話したけど、読み飛ばされててもわかる結論を書こうと思う。
「僕の小説で出てくる街道は、とても綺麗で健全」。
 ちゃんと言うなら、僕の小説という視界が、『必要のない』醜いものを写さない、ということ。
 一度、普段通っている道を思い出してみてほしい。そこにはどんな人がいるだろうか。
 その景色には「健常な人」しかいないだろうか。
 絶対にそんなことはあり得ない。僕のようにアトピー持ちの人がいれば、四肢が不自由な人もいる。
 だけどそれは小説にとって、不必要なことなんだろうと思う。とても整った、小説の街。
 そこに僕はある種の失望を覚えて、スランプに陥った。
「僕の」って思わず限定するような予防線を張っちゃったけど、これは創作活動全般の、ジレンマなんだと思う。
 物語は不必要を排除する。
 これが今回、僕が小説を書けなくなった理由。

 最後に、タイトルを一応回収しておこう。気取ったタイトルは回収するのもひと苦労だ。
 僕は高尚な話で皆を説教するつもりはない……というより、できない。
 だって、次に小説を書くときには、こんなことすっかり忘れているだろうし。
 でも、小説の効率化はいつか、ヘンリー・ダーガーの作った『非現実の王国』を壊しかねないから。
 だから、僕はこの拙い文章を打った。今だけでも、この気持ちを忘れないように。