私の大切な存在

短編/じゃがバタ

 

 これは私と犬にまつわるお話である。犬を飼うと言われれば大体はペットショップを思い浮かべる。私もそう最初は考えていた。そうして、近所のスーパーのペットコーナーで、私は受験塾の帰り、今日も犬たちを眺める。

 

「上川学園に合格したら、好きなペット、飼っていいわよ」

 私は母と約束した。

 そして私は「合格したら、この子を家族にするんだ」と決めていた。

くにくにとした動きが可愛らしいマルチーズだった。私は彼女をクニと呼んで、毎日見に行くのを楽しみにしていた。最初にクニに会ったのは夏休み。それから半年後の2月、私は上川学園に無事、合格した。そして晴れてクニに会いに行ったのだが、そこに彼女はいなかった。

 私は、店員に尋ねる。

「あそこにいたマルチーズは売れてしまったのですか?」

 そして、店員から私は驚きの言葉をきく。

「ああ、あの子は一週間前に保健所へ引き取ってもらったよ。店のルールで、1年間売れないと保健所に行くことになってるんだ。」

「えっ、その場所を教えてください!」

「いや、お客さんにはそれは言ってはいけないことになっていて……」

 そのときだ。奥から別の店員が出てきた。どうやら名札を見ると店長のようだ。

「ああ、あなたか。いつも見に来てたわよね。いいわ。場所を教えてあげるから行ってらっしゃい。」

 

 そうして、聞いた場所へ母と車で向かう。

 たどり着いた保健所は薄暗く、大きなゲージの中にたくさんの犬が入れられていた。

「お嬢ちゃん、このなかにその探しているマルチーズとやらはいると思うが、見つけるのは難しいと思うぞ」

 保健所の職員はそう言っていたが、私はすぐにクニを見つけて「この子だ!」と叫んだ。

 クニは私のもとに寄ってきた。白い体は汚れ、かまれたような傷もあったが、その姿は間違いなく、クニだった。そうして私たちはクニを引き取ると職員に告げた。しかし、クニを見て職員は驚く。

 「ええっ、この子だったのか。この子は人間が嫌いで、みんな触れた人は噛んでいたのに……」私がかまれずにいるのが信じられないようだった。

 

 家に帰って、職員さんが言っていたことを思い出す。妹がふれたとたん、思い切り手をかまれてしまったのだ。しかし、私がなでてみると、やはり手をかまれなかった。 

 私は本当にそれがショックで、何か対策はないかと調べた。そこで、安心できる人と仲良くする姿を見れればよいとわかったので、しばらくはクニに触れるのは私だけにした。そして、一か月もする頃には、他の家族も無事かまれずになっていった。

 

 私が、名前に「クニ」と付けたのは、実はもう一つ意味があった。私は受験のとき、クニを見て心が落ち着いた。心の平和のカギだったのだ。そこでクニと名付け、平和を願うという意味もこめた。

 

 そして、クニがうちに来て90日が過ぎようとしていた。

 しかし、最近はクニに元気がない。

 

 私は、気になって母と一緒に次の日、病院に行った。

 そこで、医師から衝撃の言葉をきく。

「ああ、この子はもう長くは生きられないね。あと1か月半くらいかな」と言われた。

 私は体から血がサーっとひいて、

「なんでですか!」と言って、医師に詰め寄る。

「いや、お宅のワンちゃんはね。感染症の毒が全身に回っている状況でして……助けようがないんです。おそらく、どこか不衛生な場所で過ごしていたときに、発症したのでしょう」

 私はその言葉をきいて、引き取ったときのクニの姿を思い出す。「あのときか」

 クニは「くーん」と鳴いていて、心配そうな顔をしてこっちを見てくる。

「残された時間で、クニにしあわせをたくさん伝えていくんだ」私はそう心に決めた。

 

 そして、その日はあっという間に来てしまう。宣告から九十日が過ぎたある日の夜だった。

 クニは倒れていた。呼びかけてもびくともしない、返事もしない。急いで車で病院に駆け込む。そして医師は告げる。

「いつ亡くなってもおかしくない状態です。なので、今のうちに心の準備をしてあげてください」

 そう言われた瞬間、あふれた。私は絶望して言葉を失い、その場で何もできずにずっと泣いていた。

 

 次の日の朝、クニは、天国へと旅だった。その息を引き取ったクニの亡骸を前に、私は最後に言った。

「いっぱい可愛がってあげられなくてごめんね。天国で私たちを見守ってね」

 クニが亡くなってしばらくして、私は両親とお墓参りに行った。そのとき、そこにクニはいないのに、どこからか犬の鳴き声がして、クニの姿が浮かぶ。

「あの子を心配させないためにも、私は元気で居続けなきゃ」クニの墓前で、私はそう誓った。

 

 しかし、そう簡単にはいかなかった。私の中でクニがいない寂しさがずっと残っていた。

「どうすれば、この気持ちはおさまるか」

 私は悩んだ末、クニを引き取ったあの場所、保健所に足を向けていた。

 そこで私はもういないクニの姿を頭に浮かべる。そしてあのときのゲージを見る。

「あれっ……クニ!?」

 クニとすごく似た犬が目の前にいた。そして私は無意識にその子をずっと見てしまった。

 その似た犬のことを職員に尋ねる。

「人間のことが嫌いだから、撫でようとすると噛むよ」

 私はますます、クニの姿と重ねてしまう。

「人間が嫌いなところもそっくり!」

 

 家に帰り、私は早速、このことを両親に話した。私はそれからクニがいない寂しさを、より強く感じた。そして私はクニと似たその犬を引き取ることにした。

その子の名前は「クニニ」となった。クニととても似ていて「生まれ変わったクニなのかな」と、いつも両親と一緒に話していたからだ。

「これからもよろしくね。クニニ!」

 私は明るい声で伝えた。

 

 飼ってしばらくは噛まれたり、吠えられたりもあったが、私たちは辛抱強くクニニと接した。そして前に飼っていたクニのように噛まれたり、吠えられたりすることもなくなった。

「やっぱり、クニの生まれ変わった姿なのかな」

 私は思いを強める。そして数年経った今もクニニは元気だ。

 もう私も高校生。

 それなのに、クニのことをいまだに考えてしまう。

「もう一度、クニに会いたい」

「嘘でもいいから、クニに会いたい」

 いつもそう考えていた。 

 

 そして私は高校生になって、クニニに続き、3匹目の犬を飼うために、保健所に向かう。また今回も私は無意識にクニに似た子を探し、その子を引き取った。 

 家に帰り、犬の名前を考える。その子の名前は、「ほし」になった。なぜ、ほしかと言うと、クニがほしになったんだなと思いたかったからだ。

 ほしは、引き取ったとき、目の病気で片方の視力を失った犬だった。私たち家族はそれでも、ほしの視力の回復を願い、薬を塗り続けた。そしてほしは、少しずつ視力を取り戻す。 

 

 そんなある日、ほしが急に吠え出した。ふだん、大人しく吠えないほしが、だ。

私はその場所を目で追う。

「なんでだろう?」

 私は、どうしても気になったので霊感が強い、高校の友人に相談した。すると友人は、

「そこに犬の霊がいるよ」

「えっ、クニ?」

 私は、すぐ思った。

「私とクニニやほしのことを、見守ってくれてる!」

 私はそう思うと、嬉しく泣いてしまった。

 「クニはそこに居るんだ」

 そう考えると、もう会えなくても不思議と寂しくない気がした。短いけれど共に過ごした時間はクニにとってもいいものにすることが出来たんだ、と感じた。

「クニ!私たちを見守っていてね」と心の中で叫ぶ。

 

 そして私は、大学生。

 あれから、クニが見てくれているのに、いつまでもクニに心配させるような小さい背中を見せる訳にはいかない、クニが安心出来るくらい強くなろうと、実家を離れ、大学生活を送っている。

 最初は大変だったが、クニニとほし、そしてなによりも見守ってくれているクニの存在が、私に勇気をくれる。

「みんな、行ってきます!」

 三匹に声をかけ、私はマンションを出る。少しは大きい背中を見せられているかな。