白昼夢

短編/木槿

 

 私が見てきたものは、何だったのだろうか。

 ふと帰り、電車に揺られ大好きだった曲を聴きながら自分に聞いてみる。皮肉なことに耳には陽気な疾走感のあるメロディーが響き渡る。前まではこの音楽も聴き心地が良かったのに今となれば頭が痛い。

 

 さっきまで見ていた景色は輝いていた。無数の光に包まれていて私の目に映る君は、世界で一番の宝物であると心の底から言えた。

 言えたはずだった。

「終わりかもしれないね、私たち」

 あー。どれだけ面倒な人間なのだろう、私とかいう人間は。

 元はといえば全て自分のせいだというのに。全て自ら作り始めた『幻想』であったというのに。こんなことで感情が左右される方が馬鹿だろう。そう笑いながら、田舎を走る人なんて誰も立っていない車両で予め買っていたカフェオレを啜る。

 

「……戻りたいな。一番楽しかった時期に」

 ふと君を見つけてすぐの頃を思い出して、あの頃は幸せだったのに、と呟いてしまいそうになった。それにしても湧き出る感情を全部君に繋げてしまうのが嫌でたまらない。そりゃあ高校生活全部こんなことに捧げていたのだから日課になっていてもおかしくはないだろう。

 

 誰かこんな私を笑ってくれよ。妄想に耽って高校生という一度しかない青春を棒に振った私をせめて嘲笑ってくれよ。飲み慣れたカフェオレの微かな苦みすら無慈悲に感じて、何の慰めにもならなかった。

 あの頃夢中になって聴いたこの曲も、ふと一目ぼれした君の顔も、今はあまり聴きたくないし見たくない。ただ、今日見た君の顔がどうしても頭から離れなかった。

 

 ふとスマホに目をやると、いつもの終演後のように君が投稿したことを知らせる通知が。

 今日はあんまり見たくなかったな。そう思いながら通知を開き、何も考えたくなくて思考を殺しながら画面を叩く。

『お疲れ様でした! 今日もライブ本当に素敵でした。世界で一番大好きです!』

 自然といつも似たような文章が画面に浮かぶ。この文章に嘘は一つもない。なんなら、心の底から思ったことしか綴ってはいないはず。気持ちのこもった長文なんて打てたものではないが、この感情が揺らぐ前にさっさと送信ボタンを押すことにした。

「いやあ、無理でした。今日もいつも通りでした」

 そう心で笑いながらスマホの画面を閉じる。実際分かり切ってはいた。無理なことは重々承知であった。なのにどっちが本心か、一切分からないでいた。

 

 君の姿を追いかけることは、正解なのか間違っているのか。存在するのか分からない君を追いかけるのは意味があるのだろうか。

 いや、存在はしている。人間だから。

 だからこそ曖昧なんじゃないか。

 最寄り駅に着くまでずっと自問自答していた。君は虚像か実像か。私が追い求めていた時間は現実か空想か。最寄り駅に着いてもずっとその答えを自分の心から探し求めていた。

 

 駅に着いて、夜遅いからと母が車で迎えに来ていた。私は夜遅く眠そうな母に一言お礼を言って車に乗り込む。

「お疲れ様。今日のライブはどうだったの?」

「もうね、世界一だった。うちの推しが」

 

 本当に私なんて人間はつくづく面倒だ。