ある地獄に死神さんがおりました。毎日死者を相手にするだけの退屈な日々を送っていました。そんな日常に飽き飽きしていたある日、一人のサラリーマンが地獄へやってきました。
「ずいぶんお若い方ですね。死因は何ですか?」
「自殺です。ビルの屋上から飛び降りました」
「何でまたそんな……」
「会社に行くのが、嫌で嫌で嫌で嫌で」
死神さんは少し考え事をしていましたが、やがて生き生きとした表情でサラリーマンに言いました。
「そのカイシャという場所は退屈にはならないですか?」
「退屈なんて思える暇がないほど激務だから今ここにいるわけで……」
「なるほど。楽しそうですね」
「あなた話聞いてました?」
「具体的にはどんな場所なんですか」
「雷通(らいつう)って広告代理店なんですけど、とにかく残業が多くてですね、過労死ラインを優に超えていたんですよ。それなのに会社側はそれを表に出そうとしませんでした」
「へえー、中々大変そうですね」
「あなた、軽く言ってますけどね、あれはこの世の地獄……」
死神さんはサラリーマンを無視して地獄の門を突っ切り、上へ上へ上へ上へと昇っていきました。
地上に到着した死神さんは、雷通の場所を人に尋ねることにしました。
「すみません。ライツウってどこにありますか」
「え、なんやお前」
中年のおじさんに声をかけましたが、不審がられてしまいました。
「すみません。ライツウってどこにありますか」
「わかりません。すみません」
若い女性に声をかけましたが、逃げるように立ち去られてしまいました。
「すみません。ライツウってどこにありますか」
「ライツウ? 雷通のこと? それならあの角を曲がって……」
親切なお兄さんがライツウの場所を教えてくれました。
「ここがライツウかあ……」
夢と希望に満ち溢れた死神さんは、死神の力を脱ぎ捨て人間になりました。それから面接の練習をして、雷通の入社試験を受けました。
そして、死神さんは無事に雷通に入社することが出来ました。死神さんはバリバリ働き、毎日の残業時間は四時間を超えていました。
一ヶ月後、死神さんはビルの屋上から飛び降りて自殺しました。
(めでたしめでたし)
「現世は地獄よりも地獄的でした」