宇宙交信

小林

 

「俺、実は宇宙人なんだよね」

 

 オムそばをほおばりながら昌彦(まさひこ)は確かにそう言った。

(

 狭くて汚い写真部の部室。この場所に似合わない金髪とピアスの男。昌彦の口から出てくる言葉は、いつも突拍子がない。

 あたりにはソースの匂いが充満している。食堂のレンジでチンしてきたらしい。廊下で掃除のおっさんが掃除機をかけているから、やかましい。生温い風が吹く。オムそばが床にこぼれる。明日部員にまた文句を言われるだろう、などと、僕は全然関係ないことを考えて意識を逸らそうとする。

 もちろん昌彦はそんな僕に気が付いているので、僕の顔を覗き込んで繰り返した。俺、宇宙人なんだよ。念を押すようなねっとりとした喋り方。昌彦はどうしてもそれを僕に認識してほしいらしい。僕は諦めて蜷川実花の写真集を閉じた。そうですか、と呟いておく。

「どう思う? 気持ち悪い?」

 ひょいと手を上げる。次の瞬間、空っぽになったプラ容器の端がどろりと溶けた。昌彦の手が青く半透明になって光っている。指先から出ているあれは炎だろうか、それとも、宇宙人特有のビーム的なアレだろうか。液状化したプラ容器だったものを飲み込むところまで僕に見せつけて、「俺、ポリスチレンよりポリプロピレン派」と笑った。

 彼は変形して見せた。昌彦の本当の姿は、アニメで見る宇宙人の姿とは全然違っていた。手足も脳みそもない。心臓もない。髪の毛も顔もない。ただ歪なボールみたいなものが空中にぷかぷか浮いている。色は薄い紫色に近いが少し濁っていて、つんと指先でつつくと触った部分がピンク色に変色した。大きさはちょうど僕の両手で包めるくらい。ほんのり温かくて柔らかい。ざらざらしているところと、つるつるしているところがあった。

「思考形態!」

 昌彦の声がした。どこから声が出ているんだろう、と「思考形態」をくるくる回してみたが、口らしきものは見当たらない。

「ふーん」

「かっこいいだろ」

「見方によっては、まあ」

「ちょっとだけなら、右らへん、凹ませられるけど。見る?」

 丁重に断った。

 昌彦はいつも通りへらへらと話し出した。自分が地球に来た理由。これから宇宙人が地球人にしようとしていること。どれも小説で読んだことのあるような、当たり障りのない内容だった。僕は適当に相槌を打ちながら、昌彦を眺めていた。彼は時おり白く発光した。

「宇宙人はさ、身体とか感覚を無駄なものだと判断したんだよ。大昔は俺たちにも身体があったみたいだけれど、だんだん排除されて、思考しか残らなかった。哲学者デカルトが言うように、自分の知性だけが確実なものなんだ、そのほかのすべては、疑いえるものだから。宇宙では、疑った結果、本当になくなってしまったんだよ」

 昌彦が少し冷たくなった。僕は幸い平熱が高いほうなので、掌で温めた。するとしばらくして、やがて元に戻った。

「どう思う? 気持ち悪い?」

 五月の夕方は少し肌寒い。陽も落ちてきて、部室の中もだいぶ暗くなってきた。昌彦の発光が目立つ。ちかちか、ちかちか。発光の頻度が上がっている。これは何を意味するのか、少し考えれば答えが出るような気がしたけれど、僕はすぐにそれを辞めた。答えを出すということは、可能性を捨てるということだ。余地を残さないということだ。だから僕は、まだわからないふりをした。もう少しだけ足掻いても良いだろうと高をくくった。

 やがて吹奏楽部が練習を始めた。この不協和音は午後七時半を指す。昌彦はまだ思考形態から戻ろうとしない。なんだか気恥ずかしいんだと彼は言った。いつでも良いよと僕は答えた。君の、本当は臆病なところが好きだ。髪を金色にしても、右耳に六つもピアスを開けても、隠しきれないほど君はこの世界に怯えている。僕はなんとなく分かっていた、ずっと前から。気づいていた。

「僕も宇宙人になるから、一緒に連れていってよ」

 それで一緒に宇宙をぷかぷか漂おうよ。

僕の「思考形態」が何色か、一緒に考えようよ。

「物好きだなあ」

 昌彦は変形を始めた。