コピー機

赤穂

 

 スマート博士は手首につけた銀製のリングを軽く叩いた。すると、赤く光ったリングは部屋の壁にテレビ映像を映し出し、アナウンサーがニュースを読み上げ始めた。

 

「三千十七年、五月十二日のニュースをお送りします。本日、マリー・アントワネットのものとされる首飾りが発見されました。その存在は文献でしか残されておらず、実物が見つかったことでフランスは騒然となっています」

 

 ニュースの内容を聞いて満足そうに頷くと、スマート博士は次々新たなニュース番組へと切り替える。

 

「坂本竜馬が持っていたとされる刀、陸奥守吉行が見つかりました。近江屋事件の中で喪失した刀が存在していたということになり、歴史学の研究者が」「特報です。輸送中、事故に巻き込まれ海の藻屑となったはずの絵画が発見されました。何者かの手によってルーブル美術館へと送られ、現在、鑑定士が」「アメリカで、数年前に逃げ出したとされる宇宙人の死体が確認され、現在解剖が進められております。正式発表は午後に会見を行うとしており、二度目となる未知との遭遇に全世界が沸き立って――――」

 

 テレビのチャンネルを切り替えながら、スマート博士は薄い笑みを浮かべた。ニュースから流れてくるのは、失われたはずのものが見つかったという話題ばかりだ。猫も杓子も首を傾げ、研究者達が真贋を見極めるために奔走している。そんな中、スマート博士だけはいたずらが成功した子どものように笑みを浮かべ、色めき立つニュースを面白がっている。

 

 だが、スマート博士はもう八十歳を超える老齢だ。髪はすべて真っ白になっており、目尻に刻まれたしわは相応の時を感じさせる。
 そのうち、スマート博士はテレビの電源を切ってソファを立った。

 

「博士、博士。どうやら、初期実験は大成功のようですね」

 

 慌ただしく部屋を訪れたのは、スマート博士の研究を手伝っている助手のダルだ。まだ二十代のはずだが、ちらほらと目立つ白髪と痩身のせいでずいぶんと老けて見える。

 ダル助手は、興奮気味に口を開いた。

 

「やはり、博士の研究は素晴らしい。博士の発明したコピー機があれば、どんなものだって再現することができます。失われた首飾りや刀の再現に成功したのです。宇宙人の死体だって、思いのままに作り出せています」
「確かに、実験はもういいかもしれない。研究者や専門家さえ見破れないのだ。私たちが作り出した偽物は、本物以上の価値を発揮している」

「次は、何を作り出しますか? そろそろ、宝石や札束を作り出すのはどうでしょう。文献や資料がないと正確な再現ができないのは難点ですが、博士のコピー機ならば使い切れないほどの富を得ることだってできます。私たちの研究を、より進めていきましょう」

 

 興奮気味に話すダル助手を手で制し、スマート博士はソファに座りなおした。そして、近くにあるティーテーブルからティッシュ箱ほどの大きさをした機械を手に取る。
 機械を撫でながら、スマート博士は視線を落とした。彼の手にあるのは、光沢を放つ銀製の箱。ただ手を置いて念じるだけで偽物を作り出すことのできるコピー機は、スマート博士が人生のほとんどを投じて作り上げた最高傑作だ。

 

「このコピー機を、世間に発表しよう」

 

 スマート博士が呟いた言葉に、ダル助手は血相を変えて怒鳴った。

 

「どうしてですか。そんなことをすれば、今までに作った物がすべて偽物だと知られてしまいます」
「私だって、最初はこれを独占しようと考えたさ。しかし、研究とは人のためになってこそ意味がある」

 

 スマート博士は、見た目に反して張りのある声で叫ぶ。

 

「空を飛ぶ車、ウイルスを根絶させる新薬、月旅行を可能にするロケットが開発されても、すべての人間に最新鋭の道具が行き渡るわけではない。だからこそ、容易く複製することができるこのコピー機は平等な幸せをもたらすために使う」

 

 そんなことを言うスマート博士に、ダル助手は愕然とした。

 

「他人の幸せを考える前に、まずは私たちの幸せを優先すべきです! 無茶な研究だと馬鹿にされ、完成するはずがないと嘲笑され、それでも開発に時間を割いてきたのをお忘れですか。せっかく最高の研究が完成したのだから、これは私たちのために使うべきだ! でなければ、あなたに付き添って研究を続けてきた意味がなくなる!」

 

 ダル助手は、苛立ちのままに髪をかきむしる。そして、荒々しい足音を立てて部屋を飛び出し、手にロープを持って部屋に戻ってきた。

 

「もし公表するというのなら、私はこれを使って死んでやる」
「待ってくれ。どうして君がそんなことをする必要があるんだ。何かできることがあればなんでも協力するから、ひとまず落ち着いてくれないか」

 

 スマート博士は慌てた様子でソファを立ち、コピー機を机の上に置いた。ダル助手の自殺を止めるために説得しようとするが、助手は一つだけ嘘をついていた。

 

「死ぬのはあんただ」

 

 憎悪のこもった言葉を吐き、スマート博士の首に手にしていたロープを巻く。そして、力任せに締め上げた。スマート博士は縄を外そうと必死に抵抗するが、若いダル助手の力に適うはずなく、数分もしないうちに息を引き取った。
 動かないスマート博士を見て、ダル助手は薄気味悪い笑みを浮かべる。そして、コピー機に近づくと自身の手を置いた。

 

「五分前の博士を作り出せ」

 

 コピー機は白い光を放つ。その光が消える頃、ソファには血色の良いスマート博士が座っていた。

 

「助手君。私は、何をしていたんだったかな」
「博士の偽物を作って実験をしていたところです。ほら、そこに偽物が転がっているでしょう。しかし、実験はうまくいかなかったようで、すぐに死んでしまいました。ですから、少しの間このコピー機を私にお預けください。必ず、改良してみせます」

 

 活気に満ちた表情で熱弁するダル助手を見て、スマート博士の偽物はほくそ笑んだ。

 

「それなら、助手君に任せてみようか。実験の失敗作は、いつも通り地下室へ運んでおいてくれ」
「ええ、わかりました」

 

 にっこりと笑い、ダル助手はコピー機とスマート博士の死体を担いで部屋を出た。そして、地下室へとつながる階段をゆっくりと降りていく。
 二重構造の厳重な扉を開き、一歩進んだ先はスマート博士の偽物であふれ返っていた。乱雑に並べられて、どの死体も光のない眼球で壁やら天井を見つめている。地下室には腐臭に導かれた虫の羽音が鳴り響き、ダル助手は顔をしかめながらスマート博士の死体を放り投げた。死体の山はひどくおぞましく、警察に発覚すれば大きなニュースとなるだろう。

 

 しかし、ばれさえしなければ問題はなかった。博士と意見が衝突し、激情の末に殺してしまったとしても、偽物を作れば誰に気付かれることもない。精巧な偽物を作るコピー機の存在を知る研究者は他にもいるが、完成するはずのない研究だと馬鹿にしていた者ばかり。完成に気づくはずもない。
 それに加え、この地下室は揮発した薬品が外に漏れださないように厳重な作りとなっている。死体の腐臭が漏れるようなことはなく、助手の罪が発覚するとすれば、それは助手が死んだ後の話だ。

 

「この素晴らしい機械があれば、宝石を作り出して一生困らないだけの金を手に入れることだってできる。スマート博士はいずれ殺してしまわなくてはいけないが、コピー機を持つ俺は世界一の幸せ者だ」

 

 

 

 ダル助手が大富豪となるための計画を企んでいる頃、本物のスマート博士は遠い離れ小島にいた。その島は暖かい海の中心にあり、世界にあるどの地図にも載っていない。スマート博士が、本物のコピー機を使って作り出した緑豊かな小島だ。

 磨き抜かれたクルーザーのデッキで日光浴をしながら、博士はそばに置いてある呼び鈴を鳴らした。


 すると、クルーザーの中からぞろぞろとメイド服姿の女性たちが現れた。その中には、高名な料理研究家や世界の百人に選ばれた音楽歌手、魅惑的な体つきをした美女さえいる。どれも、コピー機で作り出したものだ。
 博士が作り出したものはそれだけではない。小島には暖かい南国の風が吹いているし、大きなフルーツを実らせた果樹があちらこちらに生えている。小島の中心にある建物は、ホワイトハウスそっくりだ。

 

「飲み物を出してくれ」

 

 スマート博士の言葉を聞いて、女性の一人がコピー機に手を置いた。

 

「博士の好きなトロピカルジュースを出しなさい」

 

 本物のコピー機は、すぐさま言われたものを作り出す。その光景を見て、スマート博士は嬉しそうに目を細めた。
 すぐ側では、指示を出さずともバイオリニストの女性が美しい旋律を奏でている。温暖な気候に恵まれたスマート博士のためだけにある小島で、豪奢を極めたような贅沢を楽しむのは大富豪にだってできない。
 ジュースを口に含みながら、スマート博士は澄み渡る空に目を向けて想起する。

 

「助手君は、今頃どうしているだろうか。コピー機の偽物と私の偽物を置いてきたし、私の偽物には助手君の言うことをよく聞くようにと命じておいた。きっと、協力して研究を続けていることだろう」

 

 本物と変わらない偽物に囲まれながら、スマート博士は悠々自適に一人ごちた。