短編/伊東紫恋
【ショーン・ヒックス】
「ジュリアンが来たぞ!」
うるさいエンジン音とともに、野郎どもとミーハーな女どもが廊下を走る。ジュリアン・ワディンガム。その名は学校中を轟かせている。資産家の娘、プロムクィーンの肩書きが彼女をさらに人気者にしている。だから何だっていうんだ。親の金を使って豪遊する世間知らずな女のどこに魅力があるっていうんだ。どうせ金だろ、と走り去っていくあいつらを眺めて思う。
ロッカーを閉め、サンドイッチを買いに売店へと向かう。校門から遠ざかっているはずが、野郎どもの叫び声は小さくならない。むしろクレッシェンドのようにだんだんと大きくなっている。
「ジュリアン、私たちもあなたのオープンカーに乗せてよ」
ジュリアンの次に知名度のあるチアリーダーが風を発して横切る。それに続きアメフト部のやつらも地響きを発して走り去る。デクレッシェンドする叫び声。遠のいたその時、ぴょんと角から人影が。ピンクのミニスカートにルブタンのハイヒール。ジュリアンだ。
「あ、ショーン」
俺に気づき、不安定な歩き方で近づくジュリアン。ハイヒールなんて学校で履くもんじゃねえだろ。
「私が誕生日にオープンカーもらったこと、話題になったみたいで、それで追いかけられちゃって」
「あっそ」
どうだっていい、精々追われてろよ。そそくさとその場を離れようとした。
「あ、待って」
ジュリアンに腕をつかまれる。
「ねえショーン、よかったら今度一緒に――」
「あーうるさいな」
彼女が話終わる前に、勢いよく手を振りほどく。
「前にも言っただろ、俺は馬鹿なお嬢様と仲良くするつもりはねえって」
振りほどかれた腕をおさえ、その場を離れるジュリアン。バランスを崩し尻餅をついたが、それを助けるなんて俺の選択肢にはなかった。
嫌いなタイプの女に好かれてしまった、最悪だ。俺は自立していて、バギージーンズを着てバスで登下校するような子がタイプなのに。
「ショーン、またジュリアンを振ったのか、もったいねえやつ」
後ろから友人のアレックスに肩を掴まれる。このセリフ、何回言われたことやら。
「お前、そのせいで学校中の生徒から嫌われてんぞ」
「どうでもいい」
ジュリアンがプロムクィーンに選ばれた日、スピーチ中突然名前を呼ばれ、ステージ上で告白されるという公開処刑を経験した。断ってはいけない空気をぶち壊したせいで俺は全生徒に嫌われる羽目になった。失恋したジュリアンを狙っていろんな男が口説いていたが、それでもしつこく俺をデートに誘い続けた。迷惑にもほどがある。
「んじゃ、オレ教室戻るわ」
重かった肩が軽くなる。教室の前までスキップするアレックス。
「あ、お前のバイク、隣町の修理屋さんに頼んでおいたから」
「ああ、ありがとう。放課後取りに行くわ」
免許取得の祝いに買ったバイク。所持金が少なかったため、とりあえず安かったものを適当に買った。案の定中古のそれはすぐ故障し、アレックスに修理屋さんを探してほしいと頼んだ。隣町はバス一本で行ける距離にある。
バス停からおよそ十分、『ハックマン』と書かれた錆びた看板のあるガレッジに、俺のバイクはあった。
「お、兄ちゃんこのバイクの持ち主か」
男なら誰もが憧れそうな体つきの良いクールなおじさんが顔を出す。
「悪いがこのバイクはもう直せない。代わりにこれを使ってくれ」
と指さされたその先に、明らかに高級そうなバイク。
「ハーレーダビットソン!? 俺みたいなガキには乗りこなせないですよ」
傷一つ見当たらないつやのある真っ赤なボディ。学生の給料じゃ絶対に手に入らないバイクを、俺がもらっていいのだろうか。
「いらねえつって押し付けられたもんでな。俺もいらねえから兄ちゃんにやるよ」
「あ、ありがとうございます」
こんな機会ないだろうし、もらっておこうと、バイクのハンドルに手を置いてみた。
「パパ、終わったよ」
青いバギージーンズに青いパーカーの女がドカッとハーレーバイクに座る。先ほどまで車を修理してたのか、服が汚れまみれだ。俺より先に座りやがって、なんて失礼な奴なんだ、と彼女の肩を掴みどかそうとした。
「ちょ、あんた肩掴まない……で」
振り向いた彼女からかおる香水臭くない、自然な香り。ボサボサのポニーテール。ミルクティーのような甘い色の瞳。可愛い。
「ごめん、君、ハックマンさんの?」
「娘よ。ジュリアン。ジュリアン・ハックマン」
ジュリアン。あのお嬢様と同名なのか。それなのにこの庶民感あふれる立ち振る舞い。同名なのに大違いだ。ややこしくなりそうだから、これからはお嬢様をセレブジュリアン、こっちを庶民ジュリアンと心の中で呼んでおこう。
「初めまして、俺はショーン。ショーン・ヒックス、よろしく」
右手を差し出す。彼女も右手を出し、握手を受け取ってくれた。その時ジュリアンは何かつぶやいていたようだが、俺には聞き取れなかった。
やばい、一目惚れだ。汚れながらも父の仕事を手伝う姿、化粧が濃いわけでもない、ボーイッシュだけどどこかかわいらしい容姿。俺の理想そのものじゃん。これからも会って、口説いて、デートに誘って、もっと欲を言えば付き合いたい。そうすればねちっこいセレブジュリアンも、俺を諦めてくれるだろう。ただ、新しいバイクももらったし、このガレッジに来る口実が見つからない。
「ねえ、痛い」
「あ、ごめん」
ジュリアンが左手で俺の右手をひっぱたく。握手したまま、強く握り返していたみたいだ。
俺をにらんだ後、ジュリアンはハックマンの元に行き、にらんだ顔のまま会話を始めた。その顔も可愛い。
周りの機械がうるさいせいか、二人の会話はあまり聞き取れなかったが、手伝い、車などの単語は耳に入った。……そうだ。
「あの、すみません」
二人の会話を遮る。
「ハーレーダビットソンをもらったお礼に、このガレッジで手伝いをしたいんですけど、いいでしょうか!」
クラブも入っていないし、授業が終わった瞬間、手伝いをすればほぼ毎日のように彼女に会いに行ける。いいぞショーン、これ以上ない案だ。
「いいよ」
了承したのはハックマンさん、ではなくジュリアン。もしかして、ジュリアンも俺と毎日会いたいのかなと自意識過剰なことしか考えられなくなった。
それからというもの、授業終了のベルが鳴った瞬間、学校を飛び出す毎日。バスの定期も、隣町まで使えるように変えてもらった。
一目惚れから一か月がたとうとしていた。相変わらずセレブジュリアンのアタックは鬱陶しいが、放課後の楽しみを考えているとセレブジュリアンへのスルースキルも上達した。
修理屋へは放課後必ず通った。今日は特に仕事ねえぞとハックマンさんに言われても、ジュリアンと話したいからと言って居座る。ハックマンさんには俺の気持ちがばれているのだろう。ジュリアンが現れる度、目がハート型になる俺にニヤついた視線を送っている。口に出さずも、親には公認されたようなもの。あとはジュリアンに振り向いてもらうだけ。ただこれが大変。
ジュリアンが修理屋に来るのは毎回俺の後。俺を見つけては眉間にしわを寄せ、あいさつもなしに作業を始める。声をかけようとするもイヤホンで声が届かない。素っ気ない。いや、失礼ともいえる行動。それがとてもかわいい。恋は盲目とはこのことを言うのだろう。蔑むような視線で見つめられても可愛く感じるのだ。
ジュリアンは感情の波が荒いのか、失礼な行動は一時間後には無くなる。イヤホンから漏れた音楽が、お互いお気に入りだったことをきっかけに、会話が弾むようになった。よく聴くジャンルはオールドスクールなこと、木登りが得意であること、ストリートファッションが好きなこと。男勝りな話を聞いては、より好きの文字が増していく。
「俺の学校にいるジュリアンと真反対だな」
思わずセレブジュリアンの話題を出してしまう。好きな子の前で他の女の話は禁句だと決めつけていたのだが、嫉妬する顔を見てみたい。いやまてショーン、そもそも庶民ジュリアンが俺に惚れているかもわかってないんだぞ。早とちりする気持ちを抑えジュリアンの様子を伺う。
「そのジュリアン、どんな子?」
「ああ、一言でいえばお嬢様」
オーラからわかるお金の余裕さ、甘やかされて育った世間知らずさ。自立した目の前のジュリアンとは違うことを皮肉交じりで説明する。
「ふーん」
反応が薄い。これは嫉妬していると捉えていいのだろうか。
「その子の瞳の色、わかる?」
「瞳の色?」
妙な質問をするなと思いながらも、記憶をさかのぼる。あれ、思い出せない。違う、思い出せないんじゃない、わからない。足元のルブタン、露出された足にミニスカート、高級そうなブラウスにアクセサリー。身なりは鮮明に覚えている。だけど、首から上は霧がかかってわからない。それほど彼女に興味がなかったのか。一度も彼女の目を見て会話したことがなかったのかと改めて思い知らされる。
「ごめん、わからないや」
「……そう」
対して庶民ジュリアンの瞳は一目惚れのきっかけでもあるおかげではっきりと答えられる。ミルク多めのミルクティー色。口説くように答えてみたが、訳も分からぬまま二人の間に気まずい空気が流れた。前々からジュリアンの考えていることがわからないことが多かったが、今、この瞬間の彼女の行動が一番わからない。
「あ、そうだ」
このモヤモヤから逃れようと、今日の目的の話題を実行する。
「来週さ、俺の学校でパーティがあるんだ。そこでジュリアンにパートナーになってもらいたいんだけど」
「やだ」
「え、なんで⁉」
脈ありじゃなかったのか⁉ また俺の早とちりか⁉
「ばあか」
ジュリアンはそう言い残し、修理屋を出て行った。それに気づいたハックマンさんが呆然とする俺に近づく。
「あー拗ねちゃったか」
ゲラゲラと笑い、背中を叩かれる。痛い。
「学校で謝っときな」
そう言い残し、また作業に戻るハックマンさん。俺と庶民ジュリアンは他校のはずだ。勘違いしているのか、はたまたパーティの誘いに乗ってくれたのか。気持ちに引っ掛かりを付けたまま、まだ新品のバイクを磨いた。
プロムまで残り五日。廊下でお互いを誘い合う生徒を横目に、スマホとにらめっこする。こない、ジュリアンからの返信がこない。今年もまた一人寂しく、踊らず端でつまみ食いするのか。いや、繰り返すもんか、絶対に誘ってやる。
喜ぶもの、崩れるもの、ガヤガヤとむさくるしくうるさい廊下でコツコツと高級そうな足音が聞こえる。セレブジュリアンだ。瞳の色は何なのだろうか。入学してから初めて、まともに顔を見ることになる。薄情者め。
「ジュリ、アン……?」
目の前のお嬢様の瞳の色は、甘いミルクティー色。化粧していてもわかる、ジュリアン・ワディンガムは、俺の知ってるジュリアン・ハックマンと瓜二つだった。
「君、ジュリアン・ハックマンなのか」
同名が双子なわけない、なら、セレブジュリアンと、庶民ジュリアンは同一人物だったのか。恐る恐る“ジュリアン”に尋ねた。
「やっと気づいたんだね」
ミルクティー色の瞳がにじんでいく。たまった水分がツーと頬をつたう。
涙を見せられても動じない。俺は騙されたんだぞ。
「なんで言わなかったんだ」
いつもより攻撃的な姿勢で話しているのがわかる。気づかなかった自分の愚かさと、気づかない俺をあざ笑っていたのかと怒りが沸騰しかける。
「気づかない方が悪いんでしょ。アンタの嫌いなお嬢様ジュリアンも、アンタが好きな庶民ジュリアンも同じ私なの」
何も言い返せない。只々滲んだ瞳を見つめることしかできなかった。口がごめんと言ってくれない。だまされたこと、プライドという壁が俺を邪魔してくる。
「お願いだから、私を無視しないで」
どうした、喧嘩かと群がる生徒を気にせず、ジュリアンは人ごみに紛れていった。
アレックスに肩をつかまれる。俺の頬につばを飛ばしているようだが、彼の発した声は、俺の耳には届かなかった。
【ジュリアン・ワディンガム】
「おかえりなさいませ、ジュリアン」
「ただいま」
オープンカーのカギと毛並みのいいコートをメイドの差し伸べられた手にそっと置く。横幅の広い階段を上り、重苦しい部屋の扉を開ける。ルブタンとミニスカートを脱ぎ、代わりに底が破れかけのスニーカーとバギージーンズを履く。イヤホンを耳に付け、実父から贈られたリュックを背負えば、準備は完了。その瞬間、私は “ワディンガム”ではなく、“ハックマン”になる。
ワディンガムの姓を持つ継父は町で名の知れた資産家。幼少期から母は許嫁と決められていたが、母は下町で出会った実父、ハックマンと駆け落ち。ただ、世間知らずなお嬢様であった母と庶民派でアングラな要素のある実父の価値観は早々に対立し、私が五歳になる頃に離婚。運よく継父は独身で新たな許嫁がいなかった。母はワディンガム家に冷たい視線を向けられながらも、実家に戻り、本来の政略結婚を実行した。
継父は大恋愛の末離婚した男、ハックマンの娘である私を毛嫌いすることはせず、むしろ十六歳の誕生日にオープンカーを贈るほどに愛した。寛大で器が広いとはこの継父のことを言うのだろう。血はつながっていなくとも、父だと思っているし、世界一尊敬している。私が実父に会いたいとこぼす前に、実父と会える時間を設けてくれた。なんなら父親同士定期的に飲みに行っているようだ。お金の余裕があれば、気持ちの余裕もあるのか。共通の話題は母と私のことらしい。離婚後一度も会っていない母の近況報告、私のそれぞれの父に対する態度の違いをよく笑いながら話すらしい。同じ女性を愛した二人が親友、兄弟のような関係になってるのは、娘の私としてはむず痒い気持ちがする。
そんな複雑な家庭環境で育った私に、セレブ生活と普通の生活、どちらも味わいたいと我儘を吐いた。ワディンガムの名が轟くこの街では資産家の娘を、実父の住む隣町では修理屋の娘の自分を楽しんだ。そんな中出会った同級生のショーン・ヒックス。私の背負う名前と財産にしか目のない人々が媚びるように近づく中、一人だけ一方的に毛嫌いされた。その“おもしれ―男“状態のショーンに初恋を奪われた。デートに誘ってみては断られる。断られるほど、この人を完全に落とせた未来がさらに楽しみを増す。
ショーンが修理屋に訪れたことは偶然の出来事だった。ショーンの友人、アレックスがショーンのバイクの修理を頼みに来たらしいが、私はその場にいなかった。
ショーンが譲り受けたハーレーダビットソンは継父が知り合いの富豪からもらったものだ。継父は二輪免許を持っていないため、実父に渡した。高級すぎるバイクで実父には似合わないと思っていたが、平凡なティーンエイジャーのショーンの方が似合っていない。
ショーンはハックマンの私に対しては好意的な態度を示してくれた。その代わり、私がワディンガムであることに気づいていなかったことに腹が立った。容姿や髪色を変えず、服装の雰囲気だけを変えているのに、まったく気づかないとは。ショーンがどれだけワディンガムに興味がなかったことがはっきりと表れてしまった。腹いせに無視したり、暴言を吐いたり、にらんでみたりしたが、先に惚れた敗北者のさだめ。好意的な視線を向けられることに嬉しさを感じ、気づいてくれないことまで許してしまうそうになった。
ハックマンであることを告白しなかった私にも非が有ったのかもしれない。でも、騙された、俺は悪くないといった態度をとられると好感度も下がるわけで。プロムの誘いを断るつもりなんてなかったのに、去年と同じように、ダンスパートナーがいないままプロムクィーンに選ばれてしまう。
パーティは明日。ドレスやメイクの準備をメイドに任せ、重い足を修理屋へ運ぶ。耳を突き刺す機械音は無く、代わりにグラスのぶつかる音が聞こえた。
「パパ、お父様」
小さな丸いテーブルを囲む二人の父がいた。よおジュリアン、やあジュリアンと二人に手を振られる。
「ショーンは来ないぞ」
「ああ、あの初恋君か」
ショーンの存在、継父にも知られてしまった。この二人を前にすると、私のプライバシーは筒抜けになる。
「もう失恋したよ。騙したから、余計嫌われた」
改めて口に出すと辛い。鼻がムズムズする。目尻も熱い。
「それはどうかな」
「え?」
二人そろって目と口が三日月になっている。娘をからかうの、そんなに楽しいのだろうか。
「お前は十分頑張った。あとは待て」
「そうそう、だからもう泣かないで。目が腫れたままではプロムに参加できないよ」
パパの手が慰めるように髪をなで、お父様がたまった涙を拭いてくれる。鼓動が落ち着き、体中の熱が引いていくのがわかる。そうよ、私は頑張った。嫌いと罵られながらも、騙されたと失望されても、彼への“好き”は消えなかった。もう一度はっきりとこの気持ちを伝えて、終わらせて、パーティを楽しもう。
「ありがとう、パパ、お父様。準備してくる」
長めのハグを送り、踵を返す。足取りは先ほどよりも軽く、簡単に柵を超えられるほど飛べた。
プロム当日。開催は夜。紺色のハイヒールが隠れる長さの丈に、夜空色のドレス。下に行くにつれ、暗くなっていくグラデーションに、歩くたび光る星。メイドにエスコートされながら広い階段を下りる。玄関を開けば、リムジンと姿勢の良い運転手。他の人なら、その隣にダンスパートナーが待ち構えている。そのまま相手の腕を組み、一緒にリムジンに乗る。この一連を夢見ていたが、今年も叶えそうにない。
「ジュリアン様、頭上にお気を付けください」
運転手の手を取り、ドレスを汚さぬよう、慎重に足を上げた。
「ジュリアン!」
聞きなれた声。その方向を向けば、何本あるかわからない、大量の薔薇の束を抱えたショーンがいた。急いで走ったのか、ワックスで固められた髪が少し崩れ、ネクタイは曲がり、タキシードの所々に花びらが付いていた。
「ショーン、なんで」
「ごめん。気づかなくてごめん。今まで酷いことをした、本当にごめん」
息が荒い、苦しそう。落ち着かそうと手を伸ばしたが、届いたのは肩ではなく、薔薇の花束。
「だけど、まだ許されるのなら、俺とパートナーになってほしい……です」
渡された薔薇は一つ残らず棘が抜かれていた。その小さな気遣いと、差し出された手によって、心拍数が上がっていく。
「……うん、いいよ」
夜空色の手を、彼の人差し指に絡ませる。手袋越しでも、振動と暖かさが伝わった。
お互いの鼓動を指先から感じ取る。緊張がおさまらない。何か話そうとしても、口が開かない。目を合わせることなく、リムジンは会場に到着した。
「ん」
先に降りたショーン。手ではなく、二の腕を差し出してきた。緊張してるくせに、大胆な行動に口が少し緩む。赤いカーペットの上を、腕を組んで歩く。まるでバージンロードのようだった。
会場では既に数十組の男女が踊っていた。歌手の澄んだ声に合わせ、二人だけの世界をつくっていた。
「私たちも踊る?」
「俺、踊れない」
「じゃあ教えてあげる」
シャンデリアの下まで歩いていき、体を向き合う。ショーンの左手で腰を支えてもらい、右手に指を絡ませる。ワンツーと合図を出し、ステップを踏んでいく。慣れないショーンはあたふたしながら足元を見て踊っている。可愛いけど、そろそろ私の顔を見てほしい。
「ごめん、ドレス踏んだかも」
「大丈夫、そのまま、はい右、左、ワン、ツー」
ロマンチックの減ったくれもない、ダンススクールのような二人の空間。修理屋での日常が戻ったみたいで、胸のあたりがくすぐったくなる。
「お、できた!」
突然上を向くショーン。鼻の先は息がぶつかるほど近かった。こげ茶の瞳の奥に、頬を赤く染めた私が写る。
「ねえ、ジュリアンの瞳の色、わかる?」
いたずらっぽく、あの時質問をもう一度投げかける。
「甘い、ミルクティー色」
おでこがこつんと重なる。
「ジュリアン」
「なに?」
「遅くなってごめん。俺、ジュリアン・ワディンガムも、ジュリアン・ハックマンも好きだ」
ああ、唇が触れる前に閉じなきゃ。ミルクティー色の瞳を彼の視界から消そうとした。
『続いて、今年のプロムクィーンの発表です!』
ジュリアン・ワディンガムと言い放つ司会者。同時に私たちをスポットライトが照らす。ただでさえ体中が熱いのに、スポットライトと周りの熱気で火を浴びているようだった。
「いこ、ショーン」
「なんで俺まで」
「今年もステージ上で告白させてよ」
繋がれた手が人ごみでほどけぬよう、強く握っては引っ張る。舞台に上がるまで、スポットライトは私たちを見失わなかった。
了