タイムカプセル

阿久津庵

 

 約束のファミレスには、懐かしい顔ぶれが揃っていた。


「来週の日曜、中三の時のクラスで同窓会やるんだけどよ。小林、お前も来るよな?」

 

 事の発端は級友からの電話。その誘いは、年明け早々やってきた。大学生、最初の冬休み。そんな僕の予定表はスノーホワイト一色だった。去年の今頃は受験戦争で正月休みもなかったなあ、なんて思いながら、僕はその誘いを承諾した。

 

 そして、当日。かつての同級生はそれなりの数が参加していた。ざっと二十人はいるのではなかろうか。ファミレスの人に迷惑かからないかなあ、などと心配していると、僕の名前を呼ぶ野太い声が聞こえてきた。

 

「よお小林。久しぶりだなあ」
「お招きありがとう、剛」

 

 電話を寄越し、僕に声をかけてきたのは、髪を金色に染めた大柄の男、熱海剛(あたみつよし)。中学三年二組ではクラスの中心だった男であり、今回の同窓会を企画した一人だ。

 

「すごいな。年明け早々なのに、こんなに集まるものなのか」
「さすがに全員は厳しかったがな。関口みたく、応答なしなやつもそこそこいたし」

 

 それは仕方あるまい。むしろ、正月三が日明けのこんな時期に予定が空いてる方が珍しいだろう。

 

「久しぶり、小林くん」

 

 と、催眠成分を含んだ声が聞こえてきた。声の主は、剛の右隣に座っている茶髪の女の子、成田莉奈(なりたりな)。同窓会を企画したもう一人の人間で、クラス内ではぶっちぎりの人気を獲得していた。


「なんだか安心したよ。みんな、四年前から変わってなくて」

 

 そう言うと、彼女はふっと微笑んだ。変わるものがあれば、変わらないものもある。誰が言ったか知らないけれど、その通りだと思う。
 だが、その直後。剛は首を横に振った。

 

「莉奈、そいつは違うな」
「え?」
「オレは変わったぜ。なぜなら、お前みたいなマジ最高の彼女ができたんだからな!」
「やだもー、剛くんったら」

 

 やんややんや、と二人を茶化す声が周囲から聞こえてくる。いったい僕はどのツラ下げて反応すればいいのだろう。

 

 剛と莉奈。
 三年二組時代から友好があり、仲のよさは周知されていた。同じ高校に進学したとは聞いていたが。そうか、成立したか。クラス一のリーダー性とクラス一の人間性。お似合いのカップルなのかもしれない。一安心したところで。ぎゅるるる……。

 

 とは言わないが、腹の虫が騒ぎ始めた。そろそろ何か頼もうかな。メニューに目を落としてじっくり考える。うむむ、このハンバーグと親子丼。どちらも捨てがたいな。
 顔に出ていたのか、隣に座っていた長身の男に声をかけられた。

 

「悩んでいるのか、小林。だったら俺と同じもの、『チョコレートパフェ・イチゴ盛り盛り』を頼むといい」


 パフェはまだ早いかな。
 顔を上げると、男はチョコまみれのイチゴを頬張っていた。

 

「不二井じゃないか」

 

 彼は眼鏡をくいっと上げると、ニュースキャスターのような機械的な口調で淡々と語り始めた。

 

「まあ、何だ。チョコレートはいいぞ。固まった脳を甘味がほぐしてくれるからな」

 

 不二井英樹(ふじいひでき)。いわゆる秀才だ。
 僕は、おしぼりの封を切りながら尋ねる。

 

「お前、何かサークルでも入ってるのか?」

 

 かの有名な最王帝大学に首席で入学した男が、いったいどんな大学生活を送っているのか。純粋に気になった。だから。

 

「今は、オカルトの方を少々、な」

 

 聞かなかったことにした。
 気を取り直して注文に移る。ウェイトレスさんを呼び止めてサイコロステーキをオーダー。不二井の悲しそうな横顔が視界に映った。なんで僕が罪悪感を覚えないといけないんだ。

 

「あー、ところで皆の衆。異変って覚えてるか?」

 

 みんなのリーダー剛の声に、一同は曖昧に頷く。
 異変。懐かしい響きだ。
 冬休みが明けてから、卒業式までの三カ月。図書室の本が切り刻まれたり、音楽室の楽器が無差別に破壊されたりといった、結構悲惨な事件が立て続けに発生したのだ。
 非日常というだけで当時はワクワクしたものだが、今にして思えばかなり悪質ないたずらだったと思う。

 

「あれって、誰の仕業だったのかな?」

 

 ふと疑問を呈した莉奈。そんな彼女を皮切りに、辺りはざわめき始める。誰かがいたずらしていたのか。それならさすがにバレるだろう。怪人でもいたんじゃないの。間違いない、幽霊の仕業だよ。

 真剣に考察する意見からおふざけの発言まで、十人十色の言葉が飛び交う。傍から見ればすっかり怪しい集団だ。

 

「お、お待たせしました。サイコロステーキです」

 

 さっそく変な目で見られた。

 加熱を止めたのは、言い出しっぺの剛だった。

 

「はい、静かに」

 

 一言、それだけで喧噪がぴたりと静まった。カリスマ性というやつか。剛は周囲を諭すように続ける。

 

「オレに考えがある」
「異変の正体に、目星がついているのか」

 

 前のめりになって不二井は問いかける。対する剛は、ふっ、と一笑し。

 

「皆目見当もつかねえな、マジ」

 

 一同、落胆。

 

「だから、それを探しに行くんだ」

 

 一同、歓声。
 ちょっと待て。僕は思わず横やりを入れた。

 

「探すって……異変を起こした犯人を?」
「あたりめえよ」
「どうやって?」

 

 決まってんだろ? と剛は前置き。

 

「オレたちの中学校へ行って、現地で調査するんだよ!」

 

 正気か。僕たちは卒業した側の人間。勝手に校内に入るのは不味いだろう。といった旨を剛に伝えたが、返事をしたのはなぜか莉奈だった。

 

「安心して小林くん。先生の許可も貰ったから大丈夫!」
「さすが莉奈! オレたちマジ以心伝心」

 

 さては、この二人グルだな。今日の同窓会も最初から異変の調査が本命だったのだろう。胡散臭くなってきたのでそろそろ身を退こうかと思ったが、ここで不二井が動いた。

 

「俺も参加させてもらおう」

 

 おいおい。

 

「本気かよ不二井。らしくもない」
「少しばかり、オカルトの匂いを感じるからな」

 

 オカルトの匂いって何だよ。

 

「それにお前、中学の時は科学に魂をささげるとか何とか言ってたじゃないか。オカルトってお前……」
「今の俺は、オカルトに魂をささげると誓った身だ」

 

 いったい、不二井の身に何があったんだ。

 

「まあ、もとより参加するつもりだったがな」

 

 面白そうなら何でもいいんだな、お前。サイコロステーキを口に運んでいると、剛が僕の肩に手を回してきた。

 

「小林、お前は強制参加だぜ。マジ」

 

 ……え、何で。

 ノーと言える力があれば、僕はこんなところにいない。剛のやつ、頼めば断れない僕の性格を覚えていやがったのだ。

 

 

 とか何とか言いつつ、結局ここまで来てしまったわけだが。
目の前にそびえる我らが母校。時刻はちょうどお昼過ぎ。今朝から粉雪が降り続けている。まさに絶好の温泉日和だ。
(ああ、温泉へ行きたい)
 できれば露天を。
 僕は、一人むなしく校門の前で昼食を採っていた。手元にあるのは、行きがけのコンビニで買ったおにぎりと麦茶だけ。寂しいなあ、ちくしょう。

 

「む、早いな小林」

 

 声がした。目線を上げると、烏色のコートを身に纏った不二井が、熱々の肉まんを頬張っていた。

 

「なあ不二井。温泉行こうぜ、温泉」
「温泉はオカルトと相容れるだろうか」
「温泉にも幽霊くらいいるんじゃないか?」
「では行こう」

 

 よし行こう。
寒い冬、肉まんで暖まろうなど考えが古いのだ。人類は温泉を求めている。ビバ露天風呂。待ってろホットスプリング。
 さておき。

 

「異変の正体について、お前はどう考えている? オカルトにジョブチェンジした首席さまの意見をお聞きしたいね」
「俺の意見、か」

 

 そう呟きながら最後の一口を呑み込むと、やつはポケットから二つ目の肉まんを取り出した。半分寄越せ。

 

「俺は、かつて科学を崇拝していた人間だ。その者の観点から考えるならば、幽霊など非科学的と言わざるを得ない」

 

 まあ、普通そうだよなあ。

 

「待たせたな。剛さんの登場だ」
「莉奈も一緒だよ!」

 

 しまった。逃げ遅れた。
 そして、参加者はこれ以上増えなかった。
 昨夜は狂ったように盛り上がっていたが、内心ではみんな馬鹿らしく思っていたのだろう。僕もそう思う。

 

「むう。仕方ない、時間だしそろそろ行こっか、剛くん」

「マジ、どいつもこいつも薄情者ばかりだぜ」

 

 剛はしぶしぶ承諾し、僕たちは校門をくぐった。
冬休み中とはいえ、部活に励む学生たちは少なからず確認できた。その真摯な姿を見ていると少し申し訳なくなる。真面目な彼らの傍らで僕たちはいったい何をやっているんだ。
 来校者用のスリッパに履き替え、いざ、校舎の中へ。ぺた、ぺた、という軽快な足音を聞くと、ここはもう僕たちの学び舎ではないということを再認識させられる。
 ノスタルジックな気分に浸っていると、先導する二人が急に立ち止まった。

 

「ここは……職員室じゃん。何でこんなところに」
「証人の話を聞くためだ」

 

 剛はそれだけ言うと、扉をノックし、中に入ってしまった。しばらくして扉は再び開かれる。一仕事終えた風の剛が出てきた。


「待たせたな」

 

 職員室から出てきたもう一人の男。真っ白のシャツを纏った教師は、「おう、久しぶり!」と爽やかな笑みを浮かべた。四年前、僕たち三年二組の担任だった体育教師だ。

 

「バディ先生が証人だったんですか」
「まあ、そんな大した話はできないけどな!」

 

 自信満々に言い切られてしまった。
 バディ先生。
 青春時代のすべてをカバディに捧げた、という着任式での自己紹介が強烈すぎたために、こう呼ばれるようになった。

 

「成田から電話で聞いたけど、お前ら、異変の調査に来たんだって? 懐かしいなあ」
「建前上の犯人は卒業生の誰かでしたよね」

 

 先生は大きく頷いた。

 

「まあ、無理もないわな。何せ、卒業式を境に異変がぱたりと止んだんだから。誰だってそう考えるだろうさ」
「だが、犯人は見つからずじまいだった」

 

 不二井の言葉を受け、先生の顔が微かに曇った。

 

「残念ながらその通りだな。結局、犯人の尻尾を捕らえることはできないまま、こうして時効を迎えてしまった」

 

 勝ち逃げ。嫌な響きだ。ついでだし聞いてみるか。

 

「卒業以降に、何か異変はありましたか?」
「……なかったと言えば、嘘になるかな」

 

 その瞬間、流れる空気が重くなった。
 僕たちの視線は、バディ先生の顔一点に集中する。口を閉じてたっぷり五秒。焦らしに焦らした先生は、ようやくその重すぎる口を開いた。

 

「なんと」

 

 なんと?

 

「この頃、何一ついいことがないんだ」

 

 うん?

 

「人数不足でカバディ部が廃部になるわ、五千円札落とすわ、同期はみんな別の学校に飛ばされるわ、その癖自分だけ一切異動がないわ、愛車パンクさせられるわ、春が来ないわ……」

 

 僕たちは、バディ先生の話を終始真顔で聞き流し、逃げるように昇降口前へ出た。何というか、どっと疲れた。

 

「結局、あの人は何だったんだろう……」

 

 普段ほんわかした莉奈でさえ、苦い顔を浮かべている。誰だ、あいつを証人として推薦したのは。
元凶である剛は、眉間に皺を寄せてうんうん唸っている。

 

「これからどうしたもんかなあ。正直、バディ先生の証言だけが頼りの綱だったんだよなあ」

 

 どれだけ期待されてたんだあの人。というか、よくそんな理由だけで昨夜あれほどまで煽り立てたものだ。
 そういえば、と莉奈が声を上げた。

 

「去り際に、先生何か言ってなかった?」

 

 言ってたかな。聞いてなかったから覚えていない。

 

「ほら、四年前のことを思い出せとか何とか」

 

 四年前、ねえ。
 下靴に履き替え、玄関前でたむろする。頭を捻るも妙案は出ず。このまま流れでお開きにならないものかな。

 

「タイムカプセル」

 

 そう唐突に口走ったのは、不二井だった。

 

「卒業前にタイムカプセルを埋めたはずだ。四年前のことを引っ張り出すのなら、何かしらのヒントがあるかもしれない」

 

 その手があったか! 剛は膝を打った。

 

「よっしゃ、行くぞ莉奈!」

 

 言うが早い。埋設地に向かってずんずん歩き始めた。どうやら、まだ帰してもらえそうにない。

 

「確か、この辺りだったよなあ?」

 

 埋設地は、校内で二番目に大きな桜の木の下。一番大きいのは、すでに先客がいたために断念した。

 

「じゃ、さっそく掘り出そうぜ」

 

 腕まくりする剛にシャベルを手渡す。彼は素っ頓狂な顔をしたかと思えば、珍しく礼まで言っておとなしく受け取った。まさかお前、素手で掘るつもりじゃなかったろうな。
 わっさわっさと穴を掘る。在校生から向けられる視線を若干気にしつつ、わっさわっさ。
ガツン、と一番に音を立てたのは莉奈だった。

 

「さっすが莉奈だぜ! オレたちマジ以心伝心」

 

 タイムカプセルと言えど、カプセル自体はお菓子が入っているような直方体の缶に過ぎない。僕と不二井は、思いの詰まった箱を傷つけないようにそっと引き上げた。
 そういえば。

 

「今更だけど、勝手に開けていいのか? これって確か、十年後の自分たちへ、みたいなテーマじゃなかったっけ」
「平気平気。十年も四年も、四捨五入しちまえば大差ねえよ」

 

 なくねえよ。

 

「後から戻しておけば問題あるまい」

 

 そういうものかなあ。いや、掘り出してしまった以上、そうするしかないわけだが。ううん、ちょっと罪悪感。

 

「ねえ、剛くん。早く開けようよ」

 

 剛は大きく首肯すると、缶の蓋を勢いよく開けた。四年越しに開かれた箱。そう考えると、少しロマンチックな気分だ。

 

「莉奈、副委員長だったから覚えてるよ。懐かしいなあ」
「ああ。このカプセル、オレと莉奈で埋めたんだよな」

 

 すっかり散った桜の木の下で、僕たち四人は思い出のカプセルを覗き込む。僕の記憶が正しければ、箱の中には十年後の三年二組に宛てた手紙が、クラスの人数分収められているはずだ。ひょい、と不二井が一番上のものを手に取った。

 

「十年後の皆の衆へ。熱海剛。この手紙を読んでいる頃には、オレたちはきっとそれぞれの道に向かって走り出していることだろう。おい、見ているか十年後のオレ! お前、莉」
「あああ! 不二井、てめえ!」

 

 真っ赤になった剛が、不二井の手から手紙をぶんどった。傍から見ている分には微笑ましいが、あれが自分だと思うとぞっとしない。だからこの手のものは怖いのだ。試しに僕の手紙を読んでみろ。きっと、当たり障りない常套句のオンパレードだ。つまんねえ学生だな、と読んだ百人が思うはずだ。

 

「オレのはいいから、他のを当たれ!」

 

 思いっきり声を裏返しつつ、剛が吠えた。目線を少し、彼の後ろにずらすと、いつの間に奪取したのか、剛の手紙はニヤつく莉奈の手の中にあった。微笑ましいなあ、もう。
 かくして、タイムカプセルの調査が始まったが、著しい結果は得られなかった。今、調べているのがちょうど出席番号四十番の女子生徒。これで最後……のはずだったのだが。

 

「あれ? 剛くん、缶の底にもう一枚手紙があったよ」
「何?」

 

 一枚の手紙に、四つの頭が集う。
 そして、冒頭の文章を目にした瞬間、飛びのいた。

 

「え、ええ、何これ?」
「どういうことだよ、小林!」

 

 僕に訊かれても。
 紙面に目を落とす。そこには、確かに書いてあったのだ。『ぼくが異変を起こした』、と。

 

「おい。誰だ、書いたやつは!」

 

 言われるまでもない。続きに綴ってある名前に目を通す。

『ぼくが異変を起こした。関口真人(せきぐちまひと)』

 

 関口真人。

 

 物腰の低い、実直でおとなしめの子だった。だが、そんなことが本当にあり得るのか? 彼を知る僕たちだからこそ、その結末にはどうも納得できない。

 

「だって、関口くんだよ? あんなに穏やかだった関口くんが異変を起こした犯人だなんて。莉奈には、考えられないよ」
「オレも同意見だな。それに、言っちゃなんだが、あいつ運動神経ゼロだったろ。バディ先生にそそのかされてカバディやってたのは覚えてるけれども」

 

 容赦ないが、その通りだ。中肉中背を自称する僕よりも、彼はさらに細かった。朝練後、毎日辛そうにしていたのは鮮明に記憶している。

 

「関口の件も気になるが、中には何と書かれているのだ」

 

 不二井が急かしてきた。ちょっと待てよ、と僕は手紙の続きを目で探す。あ、ここからだな。

 

「ぼくは異変を起こしていた。図書室の本を傷つけたのも、音楽室の楽器を壊したのも。すべてぼくの仕業だ。ぼくを痛めつけたあいつを思いながら、毎日異変を起こしていた」

 

 莉奈は辛そうに俯いている。僕だって辛い。というか、怖い。この手紙の着地点は、いったいどこにあるのだろう。

 

「バレなきゃいいんだ。そうすれば証拠は何も残らない。だからぼくは、手始めに幽霊になった。怨霊と言った方が正しいかもしれない。お陰で、完全犯罪がずいぶん楽になった」
「ちょ、ちょっと待て!」

 

 剛から待ったが掛かった。気持ちは分かる。衝撃の連続で消化が追いつかないのだ。それにしても、怨霊、か。

 

「おい、小林。それは真実なのか」

 

 知るか。前のめりになりながら、不二井は僕に問いかけてきた。待ってましたと言わんばかりの迫力に気圧されそうになる。
 そして、今の告白に反応したのは不二井だけではなかった。

 

「怨霊になるって、それってつまり……」
「大丈夫だ莉奈。オレも怖い。超怖い。マジ以心伝心」

 

 それでいいのかお前。
 いかんな。関口の手紙を皮切りに、話が一気に飛躍している。あいつにどんな秘密があったんだろう。今はとりあえず読むしかないか。再び、続きを読み上げる。

 

「怨霊になったぼくは、無差別に異変を起こし続けた。本当ならあいつ一人を集中砲火したかったんだけど、下手な動きをして勘づかれたら元も子もない。でも、その我慢も今日で終わりだ。卒業式を迎えた以上、ぼくを犯人と決めつけることは誰にもできない。つまり、これからいくらでもあいつに報復することができる。楽しみだ。ねえ? バディ先生」

 

 ……何だって。

 

「ば、バディ先生が」
「関口の恨みを買ってたってのか?」

 

 とてもじゃないが、信じられない。あの爽やかな先生が、関口を痛めつけていたなんて。
この頃、何一ついいことがないんだ――さっき、先生が零していた言葉を思い出す。あれもまさか、関口が記していた報復の一環なのか? 嫌な汗が背を伝う。

 

「ちょっと、ここ、これ!」

 

 莉奈が震える指である一点を指す。
 そこは、手紙の最後の一文だった。

 

「えっと、何々。『この手紙を読んでいるということは、バディ先生はもうこの世にいないでしょう』……え?」

 

 思わず二度見した。この世にいない? 先生が?

 

「じょ、冗談だよね。だって、さっきまで莉奈たちと……」

 

 なんだろう。猛烈に嫌な予感がする。

 

「行って確かめたら済む話だ」

 

 そう言うと、不二井は一切ためらうことなく校舎に向かって歩き始めた。置いてけぼりを食らってしまった。むろん、僕たちに残された選択肢は一つ。不二井の背を追うことだ。
 嫌な考えばかりが脳裏をよぎる。ついさっきまで僕たちが話をしていたのは、いったい誰だったのか。そして、これから僕たちが会うのは、いったい誰なのか。
 異変探しはまだ終わっていない。

 

 交錯する思いを胸に、僕たちは職員室の扉を叩いた。

 

 

 

「ドッキリ大正解!」

 

 開口一番、爽やかな声が聞こえてきた。その言葉の意味を理解するには、もう少しだけ時間がかかった。

 

「はあ?」
「どういうこと?」
「ええい、悪霊退散!」

 

 バディ先生をホールドすると、不二井はそのまま廊下に引きずっていった。遠のく呻き声。静まり返る職員室。ええと。

 

「失礼しました」

 

 ぴしゃん、と扉を閉め切った。

 

「で、どういうことですか?」

 

 廊下に連行されたバディ先生。それを囲むように僕たち四人は円陣を組んでいる。ただ、不二井以外の面子は、怒りというより茫然自失に近い表情だった。さあ、詰問の始まりだ。そう思っていた矢先、職員室からもう一人の男が出てきた。

 

「み、みんな久しぶり。その、騙してごめんね」

 

 目を剥くとは、こういう状態のことを言うのだろう。頭の中に浮かぶ様々な感情をすべて飛び越え、ただ、絶句した。
 おずおずとこうべを垂れる男、関口真人。その人だった。しばしの沈黙を経て、僕たちは感動の再会を果たした。

 

「お前、死んでなかったのかあ!」

 

 駆け寄るや否や、剛は関口にラリアットを決めた。
 オーバーリアクションを演じ、関口が倒れ込む。
 剛はそんな彼に手を差し伸べ、がっちり握手をした。
 その姿を見ながら、莉奈は優しく微笑んでいる。
 バディ先生もまた、腰に手を当てうんうん頷く。……いや、あんたは何いい感じに混ざってんだ。何も誤魔化せてないぞ。

 

「とりあえず、全部聞かせてください」
「分かってるって。先日、莉奈からアポを依頼された時だ。今回のドッキリを思いついたのは」
「ドッキリを思いつく、って発想がまず分かりませんが、どうしてそこに関口が絡んでくるんです?」
「いやあ。KWC(カバディワールドカップ)の席でばったり遭遇したもんでな。その場で連絡先を交換して、ちょくちょく雑談で盛り上がっていた矢先のアポだ。こりゃもう、関口とグルでやるしかねえな、と」

 

 突っ込みどころしかない。

 

「あとは、単純だ。タイムカプセルを掘り出し、偽物の手紙を箱の底に仕込み、埋めなおす。で、タイムカプセルの元までお前たちを導けばドッキリ大成功、ってな」

 

 そんな馬鹿な!

 え、おかしいよな? 剛と莉奈の顔色をうかがう。二人は、驚くほど清々しい表情をしていた。

 

「いやー、最初からバディ先生の手のひらの上だったんだね」
「ま、色々と懐かしかったからオレは満足だけどな!」

 

 違う、そこじゃない。最初にして最大の問題がまだ残っているじゃないか。そうだろう、不二井。僕が気づいたんだ、こいつも間違いなく気づいているはずだ。

 

「バディ先生」
「ん、どうした?」

 

 視線を外す不二井を横目に、僕は言い切った。

 

「結局、四年前の異変って、誰が起こしてたんですかね」
「……うん?」

 

 その時、廊下の方から生徒が二人。どちらも顔が真っ青だ。

 

「先生! 図書室の本が切り刻まれています!」
「音楽室の楽器、根こそぎ壊されているんですけど!」

 

 さあ、異変探しはこれからだ。