「もっと強い人はいないのー!」
「おやめください王子様! もうこれ以上我儘をおっしゃらないで下さい」
「うるさい、僕は強い人と戦いたいんだ!」
王子はそうして駄々をこね、それを見かねた近衛の魔族が相手をすることとなった。
「いっくよー」
「あまり本気を出されないようにお願いしますよ。王子様が本気を出せば我々でも手に負いかねます」
近衛の魔族は、王子の攻撃をあしらいながら諭す。
だが、王子は全く聞く耳を持たず次の瞬間には近衛があおむけに倒れていた。
「本気出さなくても君たちは僕に勝てないじゃないか」
「おっしゃる通りです」
「ふんっだ。そんなので僕に本気を出すな、なんて言わないでよね」
王子はそう言ってあくびをすると、目をこすりながら寝室へ向かう。
「僕もう寝るから、起きた時には強くなっててよ」
王子はベッドに身を預けると、けだるげな眠気に身をゆだねた。
いつも側にあるものがいきなりなくなったような違和感に、王子は目を覚ます。わずかに開く瞼から入ってきた光に、王子は思わず腕で顔を庇った。
「ここはどこだろう?」
王子は立ち上がり、目が慣れてくるとキョロキョロと首を左右に振る。サワサワとそよ風に揺れる葉っぱ。目的地への道標の様な石畳。王子が頭上を仰ぐと、そこは見慣れた天蓋ではなくどこまでも澄み切った青空が広がっている。
「何だろうあの建物は? 魔力が全然感じられないよ。もしかして、石と木だけで出来ているのかな?」
魔王城を始め魔族の建物に必要なものは二つ、気に入った素材と魔力だ。歪な木なり、大きな岩を砕いた礫なりを組み合わせ、魔力で固定する。
魔族にとって、魔力は自分の手足以上のものであり、空気と同じように常にどこにでもあるものだった。
「やっぱりだよ。魔力自体がここら辺にないじゃん」
王子は最初感じた違和感の正体を悟った。
「まぁ、こういう場所があるって宰相に聞いたことあるしそこまでじゃないかな。それにしても見たことがない形だなー。もしかして新しい魔族かな? もしそうだったらあいさつしにいかないとね」
王子はいたずらっ子の笑みと共に見知らぬ建造物……松山城へ向かって歩き始めた。
「それにしても、本当に変なところだな。外だっていうのに石の通路があるよ」
王子は筒井門へ続く坂をてくてく上りながら呟く。
「それに、何で石を積み上げて壁なんか作ってるんだろう?」
王子は石垣を見上げ「おっとっと」と危うく後ろに倒れそうになった。
「あっ、ちょっとイタズラしちゃおうかなー」
腕を「わわわっ」と回して体勢を直すと、無邪気な笑みを浮かべ、石垣を殴りつけた。だが、石垣はびくともしない。
「魔力を使ってないのに、なんでこんなに頑丈なんだよ!」
王子は涙目になりながら石垣を蹴りつけ、残りの坂を登った。筒井門には二人の門番が立っており王子に質問を投げかける。
『どうしたんだい坊や? ここは松平直定様のお城だよ』
『もし通りたいのなら、お母さんかお父さんと来ようか』
「おじさんたちは一体だあれ?」
王子は純粋無垢な瞳で小首をかしげる。しかし、門番たちも王子の言葉が理解できないようで戸惑っている様子だ。
「なあんだ、言葉が通じないのか。まぁいいや、ちょっと遊ぼうよ」
そして王子は、左側の門番と距離を詰める。
『どうしたんだい? 何か困ったことで――』
言い終わる前に王子は右拳を突き出し、門番は前のめりに倒れた。
『この、子どもにとりついた悪霊か!』
もう一人の門番は刀を抜き放ち、王子へ斬りかかる。
「遅いよ!」
王子はバックステップで躱し、着地した時に溜めた力を開放して懐に飛び込み、膝蹴りを放った。
『ぐぁ!』
門番は仰向けに吹っ飛び、そのまま動かなくなってしまう。
「なぁんだ、この程度か」
王子はそう言うと、筒井門を抜けて先へ進もうと一歩踏み出す。
『ま……て』
だが、先に倒した門番が王子の足を掴み、その行軍を妨げていた。
「人間なのに僕の一撃に耐えられたんだ」
王子は足元を見た後、その手を払った。門番はゆっくりと立ち上がり、腰の刀を抜く。
『子どもに取り付くなど卑劣な悪霊め!』
門番はそう言って王子へ斬りかかったが、結果はもう一人の門番と同じだった。
「人間の癖に、僕の邪魔をしないでよ」
王子はそうして門番にとどめを刺そうとしたが、何者からの視線を感じ周囲を見回す。
「何かな? まぁいいや、今度にしてあげる」
王子は次に太鼓門を目指して歩き始め、人の気配を感じたので魔力を使い聴力を上げた。
『おい、筒井門の門番が子どもに倒されたぞ』
太鼓門から筒井門の様子を見ていた者が連絡役の者に報告した。
『どういうことだ?』
連絡者はそれだけでは要領を得ないようで詳しい情報を開示するよう注文する。
『多分悪霊憑きだ。ネズミの様な俊敏さに力士のような力強さだ』
『悪霊に憑かれた子どもか……』
連絡者は目を細める。
『ここで食い止めている間に報告に行け。子どもをみすみす死なすわけにはいかない』
監視者の言葉に連絡者は首肯し、本丸へ走っていった。
『皆の者、悪霊憑きが侵入した! 相手は力士とサルを合わせたような化け物みたいな奴だが子どもだ。子どもは殺すのはクズのやることだ。俺達は直定様の家臣でそんな輩ではないな!』
『おおおー!』
兵達は鬨の声を上げる。
『子どもを救い出すぞ!』
太鼓門を取り仕切る上級武士の言葉に、他の者達は鬨の声を上げた。
「何か言ってるみたいだけど、やっぱりわからないや」
王子は呑気に太鼓門を見上げて呟く。
『第一射、放て!』
「何、何!」
太鼓門上部にある銃窓から多くの銃弾が撃ち込まれ、銃弾を受けた箇所からは多くはないものの血が流れており、王子は怒りの声を上げる。
「痛いじゃないか! 何するんだよ!」
『第三隊呪装弾込め! 第二射、放て!』
「うわぁ!」
王子は二度目の掃射に、思わず腕で顔をかばう。呪装弾とは、松山城に召し抱えられている霊媒師の作った対悪霊用のもので、弾に陰を滅する陽の刻印が彫られており、人間に悪影響はない。
「危ないじゃないか! 僕が何したっていうんだ!」
しかし、人間でない王子にはその球が来ていた。王子は相手の声に混乱を含ませながら、反撃とばかりに魔力弾を放つ。
『うわぁ!』
「たかが人間ごときが図に乗るなあ!」
王子は続けて魔力弾を放ち、太鼓門の上部を消し飛ばした。
『直定様、ご報告がございます』
『入れ』
『失礼いたします』
先程太鼓門より出立した連絡者が、城主である松平直定に侵入者の報告を行っている。
『先程、悪霊憑きの子どもがこの城に侵入いたしました。その者は見慣れぬ衣に身を包み、足軽の様な俊敏さと力士の様な力強さを持っております』
これを聞いた他の武士たちは、その者の目的に関する質問をする。
『悪霊憑きはその一人だけか?』
『はい、他に悪霊憑きの報告はございません』
『では目的については』
『報告の限りでは、私達とは違う言葉を使うようで不明でございます』
武士たちはこの報告に頭を抱えた。言葉が通じなければ交渉もできないし、相手の要求も分からないからだ。
『取りつかれてるのは子どもで間違いないんだね?』
『はい』
城主である直定が口を開いたことで他の武士たちはそちらを向く。
『ならば吾輩らがすることは一つだ。その子どもを救うぞ!』
『はっ!』
この号令の後、直定を含む全員が戦闘準備を開始した。
「このぉ!」
王子は太鼓門より現れた者達と戦っていた。
『怯むな! 押せー!』
『おー!』
部隊長の言葉に部下の者達は己を奮い立たせた。
「無駄に数だけ出しゃばって」
王子は文句を言うと左右の者に手のひらから魔力弾を放つ。
「数で僕を何とかできると思ってるの!」
王子は挑むような言葉と共に正面の集団に突っ込む。
『こっちが苦しいときは相手も苦しいんだ。退くなー!』
上級武士の言葉に、王子の手の付けられなさに委縮していた者達が己を鼓舞して向かっていく。武士たちが使っている刀も霊媒師特注のもので、人間は全くの害もない
「ちぇっ、あいつを先に潰した方がいいか」
王子は舌打ちの後、部隊長まで一気に跳躍し真っ先に潰そうとした。
『くっ』
部隊長は一瞬で距離を詰められるとは思わなかったようで、対応が遅れてしまう。
「それぇ!」
王子は渾身の力を込めて拳を突き出した。しかしその拳が部隊長に届くことはなく、何かに押し返されたかのように後ろへ吹き飛ぶ。
「何!?」
王子の拳を阻んだのは亀の甲羅のようなものだった。部隊長は何が起こったかわからないといった様子で混乱している。
『今だ、止まっている間に畳みかけろ!』
周りにいた者達が先程とは比べ物にならない動きで王子へ攻撃を見舞う。これに王子は驚きを隠しきれない表情ながらもそれを避け、この場を離脱しようとした。
『悪霊憑きの背面に回り込めー!』
だが、そこに霊媒師を従えた直定らが隠門より現れ、退路を断たれた形となる。
「たかが人間が僕を倒せると思うな!」
王子は他とは明らかに違う武装の者……直定を襲おうとしたが踏みとどまった。
それは、直定の背後に見慣れぬ黄金の亀がいたからだ。その亀から感じる力は己とは比べ物にならない程で、王子は委縮してしまったわけである。
『今だ!』
静止している王子はすぐさま取り押さえられ、霊媒師の大麻(おおぬさ)が振り下ろされる。
「やめてー!」
「どうされましたか、王子!」
王子がベッドから跳ね起きたことで、近くにいた宰相の魔族が驚いて側に来る。
「黄金の亀を従えた人間が僕を殺そうと……」
王子は言葉の途中で今自分がいるのが寝室であることを悟った。
「申し訳ございません。それは私が見せた幻術でございます」
宰相は深く頭を下げながら告白した。
「王子はいずれ魔王として君臨するお方。ならばいつまでも我儘ばかりではいけません」
宰相の言葉に王子は頷きしゅんと項垂れた。
その後、王子の自分勝手な行動は少なくなり、むやみに暴れることはなくなった。