葡萄を食べると
彼女を思いだす
窓越しの
ひつじ雲を波紋の隙間に浮かべた水で
ぬくもりを忘れる程度に冷やした葡萄を
一粒
少しして
また一粒
口に含むたびに目尻を下げながら
ゆっくりと咀嚼して
細かく砕けただろうそれを嚥下して
最後に残った種を皿の上へと
吐きだしていた
毎年
庭をかける風が海よりも青くなり
枝にしがみつく木の葉が夕日よりも赤くなるころ
彼女は
お気に入りのヒノキの桶に
井戸から汲んだ透明な水をはり
それを窓ガラスのそばにおいて
庭でとれた甘く熟した葡萄をひたして
程よく冷えたそれを
口元をほころばせながら
歯でキスをして
ゆっくりと咀嚼して
自らの唾液と混ざっただろうそれを嚥下して
舌の上に残った種を口の外へと
返していた
彼女は
葡萄を食べないと死んでしまう病気だったのだ
庭の葉々が緑色を忘れはじめる季節になると
いつも葡萄を口にしていたから
葡萄が好きなのかと尋ねると
なんと
そこまで好きではないとすまし顔で答えたのだ